文化史の流れが7分でわかる簡単解説 〜明治小説編〜
文化史って覚えることが多いですよね。
人の名前と作品をセットでたくさん覚えなければならず、教科書とにらめっこするも、いつのまにか寝てしまう…なんて経験、ありませんか?(私だけ?)
意味のない文字列を無理やり覚えようとしてもなかなか覚えられないように、誰だか分からない人と何だか分からない作品の名前を暗記するのはとても大変だし、苦痛です。
しかし文化史の流れが頭に入っていれば関連づけて暗記できる範囲が増えてかなり覚えやすくなるんです!
そこで今回は明治時代の小説の文学史に注目して、「なぜその系統の小説が出てきたのか?」を解説していきます!
① 明治初期
♦︎ 戯作(げさく)文学
1868年に明治時代が始まってから、世の中は急速に西洋化していきました。
しかし人々の生活にはまだ江戸時代の文化が残っていました。
文学もそうです。
江戸時代から庶民に人気のあった
明治初期に活躍した作家に、
(江戸中期、知識人が自分の専門とは別に遊びで小説を書き始めたのが、
知識人が ”
♦︎ 政治小説
当時、士族は「明治維新に貢献したのは自分たちだ!」と誇りを持っていました。
にもかかわらず、明治政府の改革で武士の特権を次々に失っていきます。
こうして不満を持った士族は、1877年(明治10)の西南戦争まで反政府暴動を起こしていきました。
士族による反乱がおさまったあと、代わりに政府批判の運動として出てきたのが自由民権運動です。
この運動のなか、政治思想を宣伝するために政治小説が出てきます。
② 明治中期
♦︎ 写実主義文学
写実主義は1885年(明治18)に
「日本と違って、西洋では小説が最も進化した文学だとみられている。
西洋の基準に合わせるために、これまでの
という主張が、写実主義です。
この考え方に影響を受けて『浮雲』を書いたのが
当時書き言葉と話し言葉は大きな違いがありました。
しかしこの『浮雲』では、はじめて話し言葉に近い言葉で書かれました。
この話し言葉に近い言葉で書くことを
♦︎ 復古的な立場の文学
明治維新以来、西洋化が急激に進んだ反動として、「維新より前の日本文化に立ち返ろう!」という復古的な見方が出てきました。
日本で初めての文学結社、
また『五重塔』を書いた幸田露伴も復古的な立場をとったひとりです。
♦︎ ロマン主義文学
1894年(明治27)、日清戦争が起こりました。
その前後からヨーロッパのロマン主義に影響を受けて活発になったのがロマン主義文学です。
ロマン主義文学とは、個性や感情を尊重することを主張したものです。
北村
『舞姫』を書いた森
③ 明治時代後期
♦︎ 自然主義文学
日清戦争から10年後の1904年(明治37)、日露戦争が起こりました。
その前後に、フランスやロシアの影響を受けて出てきたのが自然主義文学です。
自然主義文学とは、人間や社会の醜い部分をありのまま書こうとする立場のことです。
『
♦︎ 自然主義に批判的な立場の文学
明治末期から自然主義に対立する立場をとる作家が出てきました。
この自然主義に批判的な立場は、大正時代に入っていくつかの派に分かれていきます。
文化史の流れが7分でわかる簡単解説 〜明治小説編〜まとめ
どういう流れでどんな考え方が出てきたかの流れを覚えることは非常に大切です。
流れを覚えたうえで、この考え方がさかんになってとき、誰がどんな作品を出したのかを覚えていきましょう。
だいぶ暗記しやすくなります!
文化史の流れは口に出して説明できるようになればOKです!
ぜひ参考にしてみてください。